第163回 元気で長生き講座【2026年6月号】
腎不全患者さんのための緩和ケアとは?
~腎内科クリニック世田谷における取り組み~
「緩和ケア」と聞くと、「がん(癌)の患者さんが受けるもの」「人生の最終段階に受けるもの」のイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、近年はその考え方が変わりつつあります。昨年(2025年)、日本緩和医療学会、日本腎臓学会、日本透析医学会の3学会が共同で『腎不全患者のための緩和ケアガイダンス』1)を作成し、透析患者さんを含む腎不全患者さんに対する緩和ケアの方向性が示されました。
本院では末期腎不全に至った患者さんの腎代替療法の選択枝として、透析のみならず腎移植をご説明し、ご親族にドナー候補の方がいらした場合には私が所属していた新宿区河田町の東京女子医科大学病院(現在は血液浄化療法科非常勤講師として月に一回同院腎臓病総合医療センター透析室に非常勤勤務しております)泌尿器科などに紹介させて頂くようにいたします。献腎移植ご希望の方も同科などに紹介しご登録頂きます。
わが国では透析を含む延命治療の不施行について医療者の法的免責を定めた法律はありません2)。従って、腎代替療法である透析が必要となった末期腎不全に至った患者さんや維持透析患者さんが腎移植を行わない限り命に関わる透析を見合わせる保存的腎臓療法(Conservative Kidney Management:CKM)実施の意思表示を示された場合には、CKMは透析と比べ生命予後が短縮する可能性が高いため、医療側の意思の強要にならない範囲で、海外より日本では特に長期生存(実際本院では、超長期透析歴50年の方を2名輩出3)出来ており、現在全体の数%を占める多くの90歳代の外来維持透析患者さんもいらっしゃいます!)が期待できる透析実施の説得を行います2)。
その際には下記6つの各事項1)全てを確認させて頂きます。
1.透析の中⽌・⾒合わせを希望する理由は何か? その理由は、関係者から⾒て理解可能なものか?
2.患者は意思決定能⼒を有しているのか? エンパワーメントは⾏われたか?
3.うつ状態、脳障害や他の障害による影響はないか?
4.透析中⽌の希望は確固たるものか? 人生会議(Advance Care Planning:ACP)は⾏われてきたか? 事前指⽰書はあるか?
5.患者の透析中⽌の希望の主要な要因を改善できる⼿段はないか? もしくは、その⼿段が尽くされたか? (本事項に関連する具体的手段の例を後述します)
6.患者の家族や周囲の関係者は患者の希望を⽀持しているか?
上記の情報を⼊⼿し、ご家族ともお話し、その記録をカルテに残します。
透析実施の同意が得られた場合には、腎代替療法としてわが国で実施者が多い血液透析(Hemodialysis:HD)のみならず、腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)も選択枝として双方の情報を本院は提供し、ご家族も交えて患者さんの価値観や生活背景も考慮し共同して意思決定するSDM(Shared Decision Making)を行います。
透析実施への同意が得られない場合には、「透析の見合わせに関する確認書」4)にご署名頂きますが、透析開始(または再開)可能な時点まではいつでも透析中⽌の撤回が可能であることを伝え、「透析の⾒合わせに関する撤回書」4)を⼿渡しさせて頂きます。「透析の⾒合わせに関する確認書」に署名がなされた後はCKMを継続し、ご家族同席の際には人生の最終段階の医療やケアのあり方を見据えた人生会議(ACP)についても話し合いの場を持ち、適宜訪問診療医の先生方や訪問看護の皆様との連携も行います。CKM継続に際し、疼痛や呼吸苦などの諸症状が生じ得ます。その際は前述の三学会が合同で策定した『腎不全患者のための緩和ケアガイダンス』1)も参考に各種薬剤なども適用し諸症状の軽減を目指す緩和ケアに務めると共に、諸症状の根本的改善を目的として透析導入または再導入のご希望があった場合には「透析の⾒合わせに関する撤回書」4)にご署名頂き、必要に応じ基幹病院とも連携の上、透析を実施させて頂きます。即ち、一度決定したCKMでも透析開始または再開も可能であり、SDMは必要に応じ繰り返し実施いたします。
重度の透析困難症や公立福生病院での事例でも認められたバスキュラーアクセス(Vascular Access:VA)不全5)などの医学的理由で止むを得ず透析を終了する際には患者さん側に合意を求める必要は無いとされています2)。但し、医学的に維持HD困難との判断の際には、直ちにHDを終了するのではなく、例えば、血便、下痢や急激な腹痛を来す虚血性腸炎などを起こしうる生命予後不良とも関連する透析中に血圧が下がりすぎてしまう透析低血圧に起因すると思われる透析困難症であれば、透析間体重増加が過剰な場合塩分・水分摂取量の制限をお勧めし便秘症を認める場合その加療を行い、その他の原因(例えば、重症の感染症で生じる敗血症、低アルブミン(Alb)血症や貧血など)の検索と検索された原因への食事・薬物療法を含むあらゆる対応、さらに前述の6項目1)の5に相当することとして、透析実施に際し、
1.不眠症があればその治療を行い本院でも行っております深夜透析(オーバーナイト透析)以外のHD中は覚醒をお勧めし、頭部は低い位置とする
2.計画除水(除水速度の調整)、ドライウエイト(DW:透析後目標体重・基準体重・乾燥体重・基礎体重)の見直しや降圧剤の変更、減量や中止
3.循環動態への影響が少ない本院で用いております酢酸を含有していないクエン酸含有透析液使用
4.透析液温度を低く設定する低温透析
5.Alb漏出量の少ない血液浄化器(ヘモダイアフィルタ)を用いた血液透析濾過(Hemodiafiltration:HDF)療法、特に本院でも行っております間歇補充型HDF(Intermittent Infusion Hemodiafiltration:I-HDF)
6.HD中、昇圧剤、グルコース(糖分)と共にアミノ酸製剤点滴、補液、塩分(Na:ナトリウム)や糖分の静注や酸素投与
7.緩徐な除水が可能となる透析時間の延長、週4回以上の頻回透析(月1回14回目のHD追加も本院では推奨しております)や1回6時間以上の長時間透析6)
8.緩和的腹膜透析(Palliative PD)への変更
など、透析低血圧を防ぐ本院で可能なあらゆる手段を尽くします。但しPD実施の際はPD用カテーテルを腹部に留置する手術が必要となり連携先の基幹病院へ依頼いたします。PD患者さんにおかれましても、終末期に自己での透析液の交換(バッグ交換)が困難となった際に、急激な除水に伴う循環動態への影響により身体的負担を生じうるHD単独療法(でも頻回透析や長時間透析6)など前述の方法では循環動態への影響は少なく透析低血圧予防になり得ます)に直ちに切り替えるのではなく、PDは患者ご本人だけでなくご家族がバッグ交換を実施することが可能であり、ご家族や訪問看護に依頼し在宅透析であるPDを継続するアシストPD (Assisted PD:介助型腹膜透析)やPalliative PDを先ずは検討いたします。但し、PD単独療法の場合、低Alb血症を生じやすく、透析アミロイドーシスの原因蛋白で低値の透析患者さん程生命予後良好が報告7)されているβ2-マイクログロブリン(β2MG)除去が不十分となりやすいため、本院ではPDと週一回のHDを併用するPD+HD併用療法8)を先ずはお勧めしております。本院でもVA不全のため、HDからPD単独療法へ変更後、透析不足でPD+HD併用療法9)へ移行された高齢患者さんを経験しております。別の本院長期透析歴HD患者さんも、VA不全の診断で長期留置(パーマネント)カテーテルを他院で勧められるもご本人が拒否され、本院VA外来8)をご担当頂いております新宿の大久保病院血管外科の菅野先生に見事自己血管内シャントを新たに作成頂き9)長期に同VAが使用出来超長期透析歴50年3)を達成されました!
これまで緩和ケア病棟の保険適用は「HIV感染者」と「癌」に限られていましたが、厚生労働省は、今月(2026年6月)から、全身状態悪化に伴い外来での維持透析継続が困難になり、やむを得ず透析を中止した末期腎不全の患者さんも、緩和ケア病棟の保険適用対象とする方針を示しており、入院病床や緩和ケア病棟を要する病院との連携を適宜行ってまいります。
本院は「元気で長生き」を目指すことを基本理念に掲げ、そのために「しっかり食べて動いてしっかり透析」を勧めておりますが、腎不全患者さんに限らず、人は誰でも最後の時を迎えます。人生の最終段階においてもできるだけ患者さん並びにご家族の皆様の価値観やご希望に寄り添う医療や緩和ケアを本院でも目指したいと存じます。
透析患者さんは、合併症や透析不足などが原因で、かゆみ、だるさ、痛み、不眠、息苦しさ、食欲低下、便秘など、さまざまな症状に悩まされることがあります。また、「透析をいつまで続けられるだろう」「家族に負担をかけているのではないか」「将来が不安だ」など、身体だけでなく心の負担を抱える方もいらっしゃるかもしれません。
緩和ケアとは、このような身体的な苦痛だけでなく、精神的な不安や生活上の困りごとにも目を向け、その人らしい生活を支えるための医療やケアを指します。つまり、「病気を治すこと」だけでなく、「つらさを和らげること」も大切にする考え方です。
緩和ケアは「透析をやめるための医療」ではありません。透析を受けながらでも、保存期腎不全の段階でも、必要に応じて受けることができます。むしろ、症状や不安が大きくなる前から緩和ケアを取り入れることで、より良い生活を送ることにつながると考えられています。
また、医療は、治療方針について患者さん自身の考えを大切にすることも重要です。病状や生活環境、価値観は時間とともに変わります。そのため、「今の自分にとって何が大切なのか」「どのような生活を送りたいのか」を医療スタッフやご家族と繰り返し話し合いながら治療を進めていくことが勧められています。
緩和ケアは医師だけで行うものではありません。本院では、看護師、臨床工学技士、医療事務、送迎車ドライバー、看護助手、管理栄養士など、多くの職種が皆で協力しながら患者さんとご家族を日々支えています。本院のVの字の特徴的なロゴマークもチーム医療で腎臓病や糖尿病などの病気に勝利(Victory)したい思いが込められています10)。症状だけでなく、生活上の困りごとや介護の問題、経済的な不安などについて相談できることも、緩和ケアの大切な役割です。
透析患者さんの中には、「年齢のせいだから仕方ない」「透析をしている以上、つらいのは当然」と考えてしまう方もいらっしゃるかも知れません。しかし、かゆみや痛み、不眠、気持ちの落ち込みなどは、適切な支援、前述の様な様々な透析治療内容の見直しや症状に応じた検査による精査、必要に応じ他院(基幹病院を含む他の医療機関)や他科(他の診療科)との医療連携などによっても改善できる場合があります。
もし身体の症状や気持ちのつらさ、将来への不安などがありましたら、一人で抱え込まずにスタッフへご相談ください。緩和ケアは人生の最終段階だけのものではなく、透析患者さんを含む腎不全患者さんがより自分らしく、より良い毎日を過ごすための支援でもあります。私たちは、患者さんとご家族が少しでも安心して長期にお元気で生活できるよう、お手伝いしてまいります。
引用文献・参考
1)日本緩和医療学会、日本腎臓学会、日本透析医学会:腎不全患者のための緩和ケアガイダンス.2025 腎不全患者のための緩和ケアガイダンス.pdf
2)竹口 文博, 中野 広文:【患者参加型医療として透析を考える-SDMとACP】CKM選択時と,透析困難から透析を終了する場合の法的留意点.臨床透析42巻1号 P96-102,2026
3)第139回 元気で長生き講座【2024年4月号】~本院お二人目の超長期透析歴50年達成の方がいらして、タンパク質等をしっかり食べてリン(P)管理は長時間透析やP低下薬内服をお勧めします~
4)透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言作成委員会:透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言. 透析会誌2020;53:173-217
5)第87回 元気で長生き講座【2019年7月号】~異所性石灰化予防の為にも長時間透析等の透析量をしっかりと確保した透析をお勧めします!~
6)第157回 元気で長生き講座【2025年11月号】~「低栄養対策としての長時間透析」論文紹介し引き続き長時間透析をお勧めします~
7)第118回 元気で長生き講座【2022年5月号】~食事制限なしの長時間透析は透析アミロイドーシスのリスクを軽減します~
8)第88回 元気で長生き講座【2019年8月号】~冊子『在宅血液透析のススメ』と比較した本院在宅透析~
9)名医ログ 医師が薦める街の名医 先生!バスキュラーアクセス手術の信頼できるお薦めドクターを教えて下さい。
