第166回 元気で長生き講座【2026年9月号】
~災害に備えて、今できることを確認しましょう~
9月1日は「防災の日」です。今年7月28日には熊本県熊本地方でマグニチュード7.1、最大震度7を観測する「令和8年熊本地震」が発生しました1)。被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。地震や台風などの災害は、いつ、どこで起こるか分かりません。特に血液透析は、大量の水や電気、透析装置、医薬品などを必要とするため、大規模な災害が発生すると、いつもと同じ場所、透析時間やタイミングで治療を受けられなくなる可能性があります。
以前の「元気で長生き講座」でも、災害に備えて患者さんに普段から覚えておいて頂きたい事として、DW(ドライウエイト)、人工血管(グラフト)の血流方向、ご自身のアレルギーや禁忌薬を紹介しました2)。ご自身の感染症(慢性肝炎など)の有無も記憶しておきましょう。また、災害時に他の医療機関で透析を受ける場合に備え、お薬手帳や後述の災害時カード「透析条件カード」などを携帯しておくことも大切です。
腎内科クリニック世田谷も、災害時にできる限り透析を継続できるよう、さまざまな備えを行っています。日頃より土足でのご来院と透析室への入室をお願いしており、避難(自力で移動不可能な患者さんもいらっしゃいます。助け合いましょう)を想定してパジャマより通常の洋服をお勧めします。透析ベッドのキャスター固定、透析装置のキャスターを動く状態にしておくこと、透析液供給装置やRO装置の床面固定、配管へのフレキシブルチューブ使用の基本的な透析施設における地震対策に加え、停電時に備えた非常用自家発電装置を設置しています3)。また、患者さん向けに「災害時対応マニュアル」を作成しました4)。このマニュアルにて、自家発電設備に加え、屋上の太陽光パネルと接続された産業用蓄電池3)、12㎥の耐震型貯水タンク、医薬品・医療用物品の備蓄、災害時用スマートフォンなども災害関連設備や物品として紹介しています。「災害時対応マニュアル」には避難場所(避難所に避難した場合には透析を受けていることを必ず申し出るようにしましょう。透析を手配してもらいます)や自施設との連絡方法(繋がりにくくなる事が想定される電話以外にSNSのダイレクトメッセージやメールも積極的に活用しましょう)に加え、「透析条件カード」、お薬手帳、定期内服薬(特に高血圧、心臓病や糖尿病に対する薬剤が重要であり常備薬を切らさないように服用しましょう)、非常食などの準備についても記載しています。特に「透析条件カード」は、本院も被災した場合に復旧までの間紹介先や避難先の透析医療機関で透析を受けて頂く場合に重要となるため、常に携帯頂く事をお願いしています。東日本大震災の際は腎内科クリニック世田谷も被災された複数の透析患者さんの臨時透析を行いました。災害時には自施設だけで対応するのではなく、東京都区部災害時透析医療ネットワークなどとも連携し、維持透析を継続頂くための仕組みを整えています。具体的には本部に各透析施設の被災状況の情報が集約され、被災があった施設から被災がなかった施設への患者さんの振り分けが予定されており毎年その為の訓練に多くの透析施設が参加しています。電話が通じにくくなる為、災害用伝言ダイヤル171、SNS(FB、インスタ)やWebサイトを活用して状況を公開いたします。日本透析医会災害時情報ネットワークにも各透析施設の状況が入力されますので、こちらで状況が分かる場合もあり得ます。患者さんのご状態の把握も必要な為、お互いに連絡やご来院頂くことが必要となり得ます。遠方でご来院困難な場合にはご自宅近くでの臨時透析をお願いいたします。臨時透析施設が決まり次第情報提供をさせて頂きます。連絡などが不十分で「透析条件カード」が役立つことも想定されるのでやはり常に携帯をお勧めいたします。
9月1日の防災の日を機会に、ぜひもう一度「災害時対応マニュアル」を読み返し、ご家族とも内容を確認しておいてください。
災害時には「カリウム(K)」に注意しましょう
透析が予定どおり受けられなくなったとき、特に注意したいのが高カリウム(K)血症です。透析間隔が延びたり、透析時間が短くなったりすると、通常は透析によって除去されるKが体内に蓄積する可能性があります。また、災害時に配給される食品にはKや塩分が多いものもあるため、食事にも注意が必要です。本院の「災害時対応マニュアル」でも、災害時には平常時よりK管理が必要である事を説明しています。
日頃、生命予後との関係から透析前K値は低すぎても高すぎても望ましくなく、透析前5~5.5mEq/L程度を目標とすることを勧めております5)。一方、K値が6mEq/Lを越えるような高K血症は重篤な不整脈や突然死につながる可能性があるため、災害によって透析が十分に受けられない状況では、平常時とは異なる備えが必要になります。
そこで今回、災害時の備えとして改めて注目したいのが、ジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム水和物(商品名:ロケルマ)です。日本災害医学会が公表した2026年改訂版「災害時超急性期における必須医薬品リスト」では、高カリウム血症治療薬(表)としてロケルマ懸濁用散分包5gが唯一掲載されています6)。このリストは、医療救護所や避難所などで、発災直後から最長10日間程度最低限必要と考えられる医薬品をまとめたものです。
ロケルマは腸の中で余分なKを選択的に吸着し、体外へ排出させることでK値を低下させるお薬です7)。国内で使用されている高K血症治療薬の中で唯一の非ポリマー製剤であり、消化管への負担に配慮されており便秘症が起こりにくい他、常温保存が可能であるため災害時の備えとしても活用しやすい特徴があります。「災害時対応マニュアル」では、定期的に服用中の薬を1週間分ほど余分に保管し、災害時用として「K値を下げるK吸着薬」を処方されている方は最低3日分程度携帯されることをお願いしています。今回、この対策をさらに具体化し、平常時の透析前K値が5.5mEq/Lを超えることがある患者さんには、災害対策の一環として災害時用のK低下薬(ロケルマなど)を臨時処方しております。日頃からご自身のK値を把握して頂くと共に災害への備えについて気になる方は、お気軽にご相談ください。
なお、災害時だからといって必ず高K血症を認めるわけではありません。東日本大震災前後に特に食事量が低下した場合にK値はむしろ低下していたとの報告8)や、K低下薬と食事量の低下(エネルギー不足にならないよう心がけましょう)に伴い震災直後週3→2回に透析回数が減ってもむしろK値は低下していた報告9)があります。したがって、普段K値が低くKの多い食事を勧められている方(透析量が比較的多い本院では多くいらっしゃいます)は特に内服の必要はありません。一方、それ以外の方は災害時に透析時間の短縮や、透析間隔が3日空き以上になってしまう事態が生じたとき、K、塩分と水分の摂取制限と共にK低下薬を内服しましょう。普段からK低下薬を飲んでいる方はK低下薬内服量を増量して頂き、普段からK低下薬を飲んでいない方でも、K値が5.5mEq/Lを超えることがあり本院より災害時用としてK低下薬が処方されている方は、ロケルマの場合非透析日に1日1包(5g)を目安に、お飲みいただければ幸いです。
災害対策で大切なのは、「施設が備えているから大丈夫」と考えるのではなく、医療機関における備えと患者さん自身の備えを組み合わせることです。「透析条件カード」やお薬手帳を持つ、止血ベルト、お薬など災害時に持ち出す物品を準備する、避難場所や電話以外の連 絡方法を家族と確認する、そして「災害時対応マニュアル」を読み返す。普段からの小さな準備が、いざという時に透析を継続し、ご自身の命を守ることにつながります。
この機会に、ご自身の災害への備えをもう一度確認してみましょう。
引用文献・参考
1)気象庁.令和8年7月の地震活動及び火山活動について.2026年8月10日.
2)第54回 元気で長生き講座(2016年5月号)「災害に備え是非覚えておいて欲しいこと3つ」.
4)腎内科クリニック世田谷透析患者様用 災害時対応マニュアル 第6版.
5)第128回 元気で長生き講座(2023年4月号)「透析前カリウム(K)5~5.5mEq/Lを目標にKの多い食事摂取や透析量増加をお勧めします」.
6)一般社団法人日本災害医学会.災害時超急性期における必須医薬品リスト(DMATによる救命救急医療用医薬品を除く)2026年改訂版.
7)独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA).ロケルマ懸濁用散分包5g/10g 医療用医薬品情報・添付文書.2025年10月改訂
8)佐藤 文美, 齋藤 恵, 菅原 敦子,ほか. 震災における透析患者への影響について.宮城県腎不全研究会会誌2012;40回:75-77.
9)渡部 静香, 加藤 沙緒里, 長谷川 美千子,ほか. 東日本大震災により週2回透析を経験して.福島県農村医学会雑誌2013;54(1):59-60.

