第152回 元気で長生き講座【2025年6月号】
~RBC・MCH理論による貧血管理と長時間透析による貧血改善~
末期腎不全に対する透析療法は、生命維持に必要不可欠な治療ですが、透析患者様が直面する大きな問題の一つに「貧血」があります。本院では、貧血の改善に「長時間透析」が有効であることを見出し、取り組んできました。今回は、先月梅ヶ丘の世田谷区医師会にて開催され座長を務めさせて頂いた第8回世田谷区医師会内科医会腎疾患研究会での菅沼のOpening Remarks(オープニングリマークス)の内容をご紹介します。
貧血とは?
貧血とは、血液中のヘモグロビン(hemoglobin:Hb)が減少した状態を指します。ヘモグロビンは、赤血球に含まれ、酸素を全身に運ぶ役割を担っています。貧血が進行すると、全身の酸素供給が低下し、倦怠感や息切れなどの症状が現れ、QOL(生活の質)を大きく損ないます。
RBC・MCH理論(友杉理論1))とは?
貧血を正確に評価・管理するために、本院では「RBC(red blood cell count:赤血球数)」とMCV(mean corpuscular volume:平均赤血球容積)やMCHC(mean corpuscular hemoglobin concentration:平均Hb濃度)と並ぶ赤血球恒数の一つである「MCH(mean corpuscular hemoglobin:平均赤血球ヘモグロビン量)」に注目した管理法を採用しています。ヘモグロビン濃度は以下の式で表されます:
Hb(g/dL)= RBC(×10^6/μL) × MCH(pg) ÷ 1002)
この式により、単にHbだけを見るのではなく、RBCとMCHのバランスを見ることで、より適切な治療判断が可能となります。本院維持血液透析患者様を対象とした検討にて、他の赤血球恒数よりTSAT(transferrin saturation:トランスフェリン飽和度・鉄飽和率)と有意に正の相関を示していたことを報告3)しております。
RBCとMCHの目標値
腎性貧血ガイドライン4)の透析患者様におけるHb10〜12g/dLの目標範囲内の透析患者を対象とした数年に及ぶ観察にてRBC350万/μL以上のRBC高値群よりRBC350万/μL未満のRBC低値群の方が優位に生命予後良好を辻らが報告5)しており、本院では、金沢医科大学友杉先生の理論に基づきHbを腎性貧血ガイドラインの透析患者様における目標値10〜12g/dLの範囲に維持することだけでなく、RBCは300〜350万/μL、MCHは30〜35pgを目標1)としています。例えば、RBC高値の場合は赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis stimulating agent:ESA)またはHIF-PH阻害薬(hypoxia-inducible factor prolyl-hydroxylase inhibitor:HIF-PH inhibitor)の減量を、MCH低値の場合は鉄剤の追加や増量を考慮します。
長時間透析とは?
長時間透析とは、1回あたりの透析時間を通常週3回であれば6時間(週18時間)以上行う血液透析方法です。特に本院でも行っております深夜に行う「オーバーナイト透析」や、在宅で行う「在宅血液透析(home hemodialysis:HHD)」などがあります。長時間透析により、透析中の血圧低下なども起こりにくく体にやさしく、かつ効率よく老廃物や余分な水分を除去できると同時に、鉄代謝や赤血球の造血環境にも良い影響を与えるとされています。
実際のデータに見る効果
本院のデータ(2024年12月末時点)6)では、
・ESA(エポジン換算)使用量が9000IU/週以下の割合:98%(平均1565IU/週)
・ERI(erythropoietin resistance index:1週間当たりの rHuEPO 量/DW/Hbエリスロポエチン抵抗性指数)9.44未満の割合:94.5%(平均2.7)
・TSAT(トランスフェリン飽和度)20%以上の割合:74.0%(平均27.8%)
ESA使用量が少ない方が生命予後良好7)、ERI低値の血液透析患者生命予後良好8)が報告されている一方、398名の日本人血液透析患者を対象とした前向き観察研究にてTSAT高値での生命予後良好をSatoらが報告9)しており、RBCとMCHを指標にした貧血管理と長時間透析の併用により、ESA使用量を最適化し、より良好な貧血管理が達成されていることが示されています。
本院長時間透析患者様の成果
本院にて週末8時間の深夜透析を導入した患者様(N=9)では、開始から3カ月後、
・フェリチン値:32.8±16.9 → 35.9±20.2 ng/mL
・ヘモグロビン値:11.3±0.95 → 11.9±1.00 g/dL
・ERI:3.71±2.21 → 3.43±2.27
に変化しておりHb値の有意な上昇(貧血の改善)10)が見られました。本院にてHHD5名を含む長時間透析を開始した透析患者様15名にて長時間透析開始半年後、鉄剤の使用状況に著変はなくHb値に差はなかったものの、ESA投与量とERIの有意な低下とTSATの有意な上昇11)が見られました。これは、透析時間を延ばすことで赤血球や鉄代謝の環境が改善される可能性を示しています。
他施設での報告
本院患者友の会共催勉強会にてご講演頂いた千葉のあずま腎クリニック東院長は、長時間透析開始2年観察出来た17名にて、Hb平均値10.4⇒11.5g/dLに有意に改善した一方、ダルベポエチン投与量は22.9μg/週から1年後11μg/週に有意に減少し、2年後も11.2μg/週と有意な減少が持続していたことを報告12)しています。
近年の海外の研究でも、72名を対象とした後ろ向き観察研究にて短時間透析から長時間透析(オーバーナイト透析)に切り替えたことで、年齢に関係なく貧血が有意に改善し、QOLや栄養状態も向上したと報告13)されています。
結論:長時間透析の意義
長時間透析は、単なる透析効率の向上にとどまらず、貧血の改善にも寄与し、ひいてはESA使用量の最適化、さらには生命予後の改善にもつながる可能性があります。透析治療は、ただ「透析する」ことが目的ではなく、「元気で長生きする」ことを目的にそのために「長時間透析」を含む「しっかり透析」の実施や継続をお勧めいたします。貧血でお悩みの方、またより良い透析方法を模索されている方は、ぜひ本院スタッフまでご相談ください。
参考文献
1)Tomosugi N, Koshino Y. Tips for erythoropoiesis-stimulating agent treatment of renal anemia. Clin Exp Neprol 2020;24:105-6.
2)江口 正信 編:検査値早わかりガイド 第3版. サイオ出版, 2014.
3) 菅沼 信也ほか:腎と透析 87:876-882, 2020.
4) 日本透析医学会. 2015年版 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン. 透析会誌 2016;49(2):89-158.
5)Tsuji, Y. et al.: Int J Biomed Eng Clin Sci 6(2): 41-47, 2020.
6)元気で長生き講座2025年4月号(第150回)(医療法人社団菅沼会 腎内科クリニック世田谷)
7)Ioannis Koulouridis, Mansour Alfayez, Thomas A. Trikalinos, et al. Dose of Erythropoiesis-Stimulating Agents and Adverse Outcomes in CKD: A Metaregression Analysis.
Am J Kidney Dis 2013 ; 61(1): 44–56.
8)Bae MN, Kim SH, Kim YO, et al. Association of Erythropoietin-Stimulating Agent Responsiveness with Mortality in Hemodialysisand Peritoneal Dialysis Patients. PLOS One 2015;10(11):1-13.
9)Sato M et al: Blood Purif 48:158-66 (2019).
10)菅沼信也.オーバーナイト血液透析.血液透析診療指針.東京医学社,2021.
11)「長時間透析に適した透析処方①血流量、透析効率ほか」~長時間透析においても高血液流量透析、高効率透析実施可能である~. 菅沼信也.第65回日本透析医学会学術集会・総会
12)東 昌広.:長時間透析の利点と問題点.日本透析医会雑誌39巻1号 P13-21, 2024
13)Yu Gong, Liangyu Xie, Shengqiang Yu. Long-Term In-Center Nocturnal Hemodialysis Improves Renal Anemia and Malnutrition and Life Quality of Older Patients with Chronic Renal Failure. Clin Interv Aging. 2022:17:915-923.