第158回 元気で長生き講座【2025年12月号】
~透析後に疲労はありませんか?─もし「透析回復時間(DRT)」が認められる場合にはDRT短縮をめざしましょう~
透析を終えたあと、「家に帰るまでがしんどい」「夕方まで体が重い」「翌日まで疲れが残る」。こんな経験はありませんか? 実は、この“透析後の疲労”は、医学的にも重要な指標であり、将来の生命予後にまで影響することが分かっています。
透析医療は「血液を浄化するだけの治療」ではありません。治療の後、どれだけ早く日常を取り戻せるか──これが、患者さんの生活の質(クオリティ・オブ・ライフ(Quality of life、QOL))や体調の良し悪しを決める大切な指標です。
実際、透析後の疲労からの回復時間である透析回復時間(Dialysis Recovery Time:DRT)が短いとQOL良好が報告1)2)されています。
先日開催された 第35回 日本臨床工学学会 ランチョンセミナー4(東レ・メディカル株式会社主催)では、本間なかまちクリニック臨床工学科の五十嵐一生先生による講演 「安定透析を実現する治療方法の選択」が行われました。
講演の中では、HDF(Hemodiafiltration:血液透析濾過)療法の有用性と共に“疲労”に焦点を当てた DRTの重要性などが解説され、透析治療の質を左右する多くの示唆が提示されました。
高齢化と共に2021年をピークにわが国の透析患者さんの数は減少しており「元気で長生き」を目指す方策を皆で考え実行していくことが望まれます。
本稿では、講演で取り上げられた知見も踏まえながら、血液透析患者さんが感じることが考えられる“透析後の疲労”をテーマに、透析回復時間(DRT) の要因や改善の手がかりについて紹介いたします。
透析を終えたあと、「家に帰ったらもう動けない」「半日ぐったりしている」「翌朝まで引きずる」。こうした“透析後の疲れ”は、医学的にも重要な指標であり、透析回復時間(Dialysis Recovery Time:DRT) として世界的に評価されています2)。DRTとは、透析後、ふだんの体調や活動レベルに戻るまでに要する時間を患者さんに尋ねて評価する指標です。シンプルな質問「前回の透析から通常の体調に回復するまでにどれくらいの時間がかかりましたか?」でありながら、疲労度・QOL(生活の質)をよく反映するため、行われることが望まれる項目です。本院でも月に一回は、先ずは前回の透析後の疲労の有無(無しの場合のDRTは0(ゼロ)時間)と透析後の疲労があった場合には疲労が改善し通常の体調に回復するまで何時間かかったかを質問させて頂くことで、DRTを確認して参りたいと存じますので、宜しくお願いいたします。
透析患者さんにとって最も重要な症状は「疲労」であるという報告は多く、DRTはその“バロメーター”として、医療側が治療の質を見直す手がかりになります。たとえば、DRTが6時間以上かかる患者は、短い患者より死亡リスクが有意に高いことも報告2)されており、単なる「疲れ」の話ではなく、長期予後にも関わる点が注目されています。
透析患者さんにとって最も重要なことは生命予後(Mortality)と共に症状は「疲労感」であるとの報告もなされており、DRTはその“バロメーター”として、医療側が透析治療の質を見直す手がかりになります。たとえば、DRTが6時間未満と比較的短いと、6時間以上の長い患者より生命予後良好も報告3)されており、単なる「疲れ」の話ではなく、長期予後にも関わる点が注目されています。
DRTを理解するためのポイント
以下の表は、DRTに影響することが分かっている主な因子です。
| 因子 | 内容 |
| 除水量・除水速度(UFR) | 急激な除水は血圧低下と交感神経刺激を引き起こし、疲労を増大させる |
| 貧血(Hb) | Hbが低いほど酸素運搬能が低下し、疲労が強くなる |
| 栄養状態(Alb) | アルブミン低値は慢性炎症や易疲労と関連 |
| 透析中の脈拍数 | 脈拍数増加=身体が“しんどい”サイン。前述の講演内のデータでもDRT延長と有意に関連 |
| 感染症・悪性腫瘍 | 貧血や低アルブミン血症を来たし疲労の原因となり得る |
前述の講演のご発表では、血圧よりも“透析中の脈拍数の増加”がDRT延長と有意に関連していました4)。脈拍が上がる理由は、血圧低下に対抗するため身体が交感神経をフル稼働させるためで、いわば「治療中ずっとマラソンの後半状態」も考えられます。疲れるはずですね。
DRTを短くするには?
では、DRTを短縮させ、“透析翌日はもちろんのこと、透析後も普通に生活できる体” に近づくにはどうすればよいのでしょうか。
①ゆるやかな除水
急な除水は、急ブレーキの車と同じで身体が悲鳴を上げます。1時間当たりの除水速度(Ultrafiltration Rate:UFR)を適正化し、体液バランスを乱さないことが鍵です。適切なDW(ドライウェイト:透析後目標体重・基準体重・乾燥体重・基礎体重)の設定と共に透析間体重増加(ΔBW:body weight)が多い場合には塩分もしくは水分を減らした食事が有効です。透析間の体重増加の目安は、本年9月号の元気で長生き講座5)をご参照下さい。
②透析中の脈拍数を抑える処方
透析低血圧に用いられる昇圧剤は昇圧機序に伴う脈拍数増加を来しうるため投与されている場合には中止を検討するか慎重に使用すべきと考えられます。
Davenport らが、DRT1時間以内の患者はHDを主に行っている施設16.1%と少なく、HDFを主に行っている施設25.6%と多いことを報告6)しており、同様の報告を「透析後に疲労感はありましたか?」「疲労感は何時間続きましたか?」と口頭で聞き取りを行い、DRT短縮と有意に関連した項目としてHDFの実施7)と非DMを松沢らが行っています。
甲田らが透析低血圧患者さん77名を対象にHDを対照に4週間のクロスオーバー試験で間歇補充型HDF(I-HDF)が透析後半の心拍数上昇を有意に抑制したことを報告8)しており、DRT短縮に寄与する可能性があります。
クエン酸の疲労改善効果が知られており本院でも用いているクエン酸含有無酢酸透析液(カーボスター)を用いた透析治療が抗疲労効果を有する可能性があることも報告9)されています。
③透析時間の確保
時間を伸ばす=「身体に優しい透析」。DRTを短くする最も“地味だが確実”な方法で、長時間透析研究会でも一貫して推奨されてきた方向性です。先月の元気で長生き講座でも除水が緩徐になる長時間透析10)をお勧めしております。
④除水制御(BVモニタリング)
最近の新しい透析装置は透析患者の除水による循環血液量(BV)の変化をモニターする機器(Blood Volume Monitoring system: BVM)が搭載されており、循環血液量の変化の結果によりDWや除水速度(UFR)設定も可能であり、疲労軽減への貢献が期待されています。
患者さんによってその効果は異なる可能性があるものの透析後半に血圧低下や心拍数増加を認める場合には、均等除水でなく前半高除水とする後半緩徐型除水が透析低血圧に有効であることも考えられます。
⑤貧血の治療
採血(鉄代謝に関連する項目、亜鉛、銅、葉酸、ビタミンB群)などによる精査を行い、本院ではRBC-MCH理論11)も活用した貧血加療を実施します。貧血を来たさないためにも鉄分、各種ビタミンやカルニチンの多い食事摂取が望まれます。
⑥低アルブミン血症に対する介入
アルブミン(Alb)漏出量の少ないヘモダイアフィルタ使用や間歇補充型HDFを含む透析条件の見直しを検討いたします。低Alb血症を来さないためにも蛋白質の多い食事摂取が望まれます。先月の元気で長生き講座でも長時間透析によりAlb値が上昇した事例10)が紹介されています。
⑦カルニチン欠乏症に対する治療
カルニチン投与による貧血や疲労改善が報告12)されています。本院でも本年の日本透析医学会にて週三回のカルニチン製剤静注投与によっても透析前カルニチン濃度目標値180μmol/Lに到達していなかった患者様を対象に、ベータ食品株式会社「カルフェロスーパー30ゴールド」1日1本3ヶ月間飲用による、栄養状態および「チャルダー疲労スケール(CFS)」における疲労の有意な改善効果を報告しております。長時間透析によるカルニチン欠乏症改善の可能性も報告12)されています。カルニチンの多い赤身の肉などの食事摂取も望まれます。本院にて超長期透析歴50年を達成された方も肉が好物13)でした。
患者さんへ伝えたいこと
DRTは「あなたの透析が身体にどれだけ負担をかけているか」を映す鏡です。
本院では、在宅血液透析患者さんを除き、カーボスターを用いたHDF療法を施設透析患者さん全員に実施しており、平均透析時間も5時間を越えており比較的長い為DRT0(ゼロ)の透析後の疲労を訴えない患者さんが多いことが考えられます。
もし透析後に“半日(6~12時間)以上寝込む”状態が続いているなら、それは異常ではなく、改善の余地がある療法を見直す必要があるサインです。
「透析後の疲れは仕方ない」と言われた時代は終わりつつあります。
食事(管理栄養士さんへのご相談も可能です)・薬物療法や透析治療の内容(除水、時間、HDFの方法、BVモニタリング)すべてが調整や上記各項目検討可能です。ご遠慮なく本院医療スタッフにご相談ください。
疲れが無くなるもしくは軽くなるだけで、生活が変わり、「元気で長生き」につながることでしょう!
<参考・引用文献>
1)Mohamed Mamdouh Elsayed, Montasser Mohamed Zeid, Osama Mohamed Refai Hamza, et al. Dialysis recovery time: associated factors and its association with quality of life of hemodialysis patients. BMC Nephrol. 2022;23(1):298.
2)Tsuchida K, Kawaguchi T, Akiba T, et al. Relationship between dialysis recovery time and clinical parameters in hemodialysis patients. Nephrol Dial Transplant. 2008;23(3):995-1001.
3)Rayner HC, Zepel L, Fuller DS, et al. Recovery time, quality of life, and mortality in hemodialysis patients: the DOPPS study. Clin J Am Soc Nephrol. 2014;9(12):1960-1968.
4)五十嵐一生. 透析回復時間 (dialysis recovery time: DRT)から考える透析処方 . 第35回 日本臨床工学学会 ランチョンセミナー4 (座長:本間崇)講演概要. 東レ・メディカル株式会社; 2025.
5)第155回 元気で長生き講座【2025年9月号】~水分管理と除水速度、そして心臓にやさしい長時間透析~
6)Andrew Davenport, Ayman Guirguis, Michael Almond, et al. Postdialysis recovery time is extended in patients with greater self-reported depression screening questionnaire scores. Hemodial Int. 2018;22(3):369-376.
7)松沢 翔平, 浦邉 俊一郎, 加藤 基子, 他. On-line HDFを主に施行する施設とHDを施行する2施設のdialysis recovery time(透析回復時間)の比較.腎と透析97巻別冊 HDF療法’24.2024;80-82
8)Koda Y, Aoike I, Hasegawa S, et al. : Feasibility of intermittent back-filtrate infusion hemodiafiltration to reduce intradialytic hypotension in patients with cardiovascular instability : a pilot study. Clin Exp Nephrol 2017; 21(2) : 324-332.
9)山田 真介, 稲葉 雅章. 特集 透析患者の支持療法 2.疲労感. 臨牀透析 2019;35(12):1449-1455.
10)第157回 元気で長生き講座【2025年11月号】~「低栄養対策としての長時間透析」論文紹介し引き続き長時間透析をお勧めします~
11)第129回 元気で長生き講座【2023年5月号】~本院の良好な透析治療結果のご案内と鉄の有用性について【自主機能評価指標(2022年12月末現在)】~
12)第85回 元気で長生き講座(2019年5月号)~長時間透析は疲労改善につながる可能性があります~
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